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大類洋特任教授が創製したHIV感染治療および感染防御のゲームチェンジャーとして期待されている「Islatravir」について


 本学の大類洋特任教授が創製した「Islatravir」が、HIV感染治療および感染防御のゲームチェンジャーとして期待されています。

 Islatravir(EFdA)は大類洋博士(横浜薬科大学特任教授・東北大大学名誉教授)が分子設計・合成を行い、ヤマサ醤油株式会社および満屋祐明博士(現・国立国際医療研究センター研究所長)のグループが生物学的評価研究を実施することで見いだされた逆転写酵素(RT)阻害修飾ヌクレオシドである。注1)
 
2012年、Merck & Co., Inc(米国メルク社)がIslatravir についてヤマサ醤油株式会社とライセンス契約を締結し、現在第Ⅲ相試験を進めている。
 Islatravirはin vitroでも臨床試験でも分子設計通りの結果が得られている。即ち、①耐性HIVを出現させず、多剤耐性HIVに対しても高い活性を有する注2)、②副作用をほとんど認めない、③生体中で酵素分解を受けず注3)長時間活性が持続する、の3点である。一例として、Islatravirによる週1回0.5mgの経口投与は、現行1日1回投与のHIV薬TDF(300mg/日)やTAF(25㎎/日)よりも遥かに優れた薬効を示す結果が報告されている。更に、Islatravirは感染治療のみならず、感染防御に対しても高い有効性を示すという結果が得られている。
 メルク社はビル&メリンダゲイツ財団と協力して死亡原因の第一位がエイズであるアフリカ女性を対象とした月1度の経口投与によるPrEP(暴露前予防内服)第3相臨床試験を今年(2021年)から始めると2020年11月にプレスリリースしている。この臨床試験はHIV感染の終結、ひいてはHIVの根絶を目的としたものである。
 米国メルク社はIslatravirとドラビリン(製品名:ピフェルトロ)を合剤化した皮下埋め込み型徐放剤の臨床試験を進めるとともに、今年3月には、長期作用型併用療法の共同開発を目的にギリアド・サイエンス社のHIV-1カプシド阻害剤(lenacapavir)との合剤を開発することで合意している。
 上述のように、強力で低副作用且つ長時間作用型のIslatravirは、HIV治療と感染防御のゲームチェンジャー或いはパラダイムシフトになると期待されている。
 米国メルク社は、大類グループが開発したIslatravir合成法を更に改良したプロセス合成法開発に成功しているが、2019年には、酵素カスケード反応によるIslatravir合成法を発表した。本法は、従来法の工程を大幅に短縮したのみならず、従来法では困難だった四級炭素の不斉構築を容易とし、且つ環境に優しい高収率の手法であることから、低分子医薬品合成における新たな合成手段の登場として現在世界的に注目を集めている。

注1)
本研究は、大類博士がアサヒビール株式会社との産学連携で共同研究を開始したものである。抗HIV活性評価については、当初、実吉峯郎博士(帝京科学大学)を通して馬場昌範博士(福島県立医科大学)に依頼していたが、アサヒビルール(株)が医薬品開発事業から撤退した為、ヤマサ醤油株式会社に共同研究を依頼した。ヤマサ醤油(株)が満屋祐明博士に改めて抗HIV活性評価を依頼したことから、大類グループ、ヤマサ醤油(株)、満屋グループの三者による共同研究として実施されるに至った。大類博士は本研究の功績により2010 年日本学士院賞を受賞している。 H. Ohrui, Proc. Jpn. Acad. Ser. B 87,53-65(2011) および H. Ohrui, The Chemical record, 6, 133-143 (2006) を参照。

注2)これは分子設計において、耐性HIVを出現させない為に必須であるとして導入された3'-OH基が、ネオペンチル水酸基である5'-OH基のキナーゼによるリン酸化を促進すること、及び4'-位に導入したエチニル基(アセチレン基)が逆転写酵素と特別な親和性を持つという幸運に恵まれた為である。Islatravirは3'-OH基とエチニル基で逆転写酵素と非常に強く結合するため、次のヌクレオチドを受け取る為の場に移ることが出来ないTranslocation defective RT inhibitorであるとされている。3'-OH基を持たず4'-エチニル基のみを持つ4'-エチニルd4Tは、それ程高い活性を示さず、耐性HIV株が出現している。

注3)フォスフォリラーゼの作用を受け塩基と糖が切断されるとIslatravirは活性を失い、天然塩基との入れ替えが起きて非常に強い毒性を持つ4'-エチニル-2'-デオキシヌクレオシドとなる可能性がある。



2021.04.22
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